Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023

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藤井 光

藤井光は、歴史的事象に基づく脚本を構成し演出を施した「映画的手法」と、その制作背景や演者のおかれた状況を客観的に記録した「ドキュメンタリー」という2方向から、歴史を独自に再考する映像インスタレーションを主に発表してきた。
「芸術は社会と歴史と密接に関わりを持って生成される」という考え方のもと、綿密なリサーチとフィールドワークを通じて、さまざまな国や地域固有の文化や歴史を検証。さらに同時代の社会課題に応答し、政治や社会のデリケートな領域にまで批評的に斬り込む取り組みは国内外で注目されている。
本アワードでは、歴史上の事象や忘却された記憶を、映像を通じて現代の問題として昇華させる明晰な方法論と美的なクオリティを備えている点が高く評価された。

現在制作中の新作では、自分史と深く関わるテーマを選び、藤井自身による語りを構想している。戦後史のなかで自身の過去と向き合う、これまでになかった主観的なアプローチであり、新たな展開となることが期待されるが、新型コロナウイルス感染拡大により実際の調査や制作が滞っているという。

「僕自身の制作スタイルとして、新作のコンセプトやプラン、進捗状況について事前に語ることは控えています。これは旧共産圏で検閲をくぐり抜けてきたアーティストたちや、アジアの抑圧的な政権下でしたたかに制作しているアーティストたちの制作姿勢をモデルにしています。1つ言えることは、これまでの作品と同様、日本国内にとどまらずアジアの人々と恊働するコレクティブでの制作です。
ただ、いまはパンデミックで社会的距離が求められ、海外とのコミュニケーションや実際に調査に行くことが難しい。zoomのように言語的な意味だけが表出する空間では成立しえない、きめ細かい対話やネゴシエーションからつくり出す作品なので、なかなか制作を進められない状況です」(藤井)

近年、数多くの展覧会や芸術祭などへの参加が続く。1つの作品を完成させるまでに1年から3年くらいの時間をかけ、長期にわたって1つの主題や対象に対峙しているという。現代社会と密接に関わるテーマを扱うからこそ、今回のパンデミックのような社会の変動に敏感に反応し、制作の手法や対象との関係性に影響を受けやすい作風であるともいえるだろう。

今回の審査会では、一部地域の審査員はリモート参加で行われた。藤井が自身の活動を振り返る内容のレクチャーパフォーマンスを行い、各国の審査員から投げかけられた質問に答えるという形で進められた。

「僕の作品では、紀元前に遡る時代に始まった人間の危機的なカタストロフィーと芸術の問題を扱うこともあるので、このレクチャーパフォーマンスは、数千年の人類史と自分の作品を併走させながら展開しました。審査員からは、これまでの活動だけでなく、影響を受けた美術史、政治と芸術の関係性など、多岐にわたる質問を受けました。年齢や経験を積み、作品が形式化・体系化してきたところで、今後はそれをどう批評的に見直し、自分自身にフレッシュな導きを与えることができるか、という新たな展望に期待されていると感じました。激変する社会に対して自分自身がどう変容していくか、という問題は僕自身への問いかけでもあります」(藤井)

レクチャーパフォーマンスという手法は、現代美術やパフォーミングアーツの分野で、殊にここ数年注目されている表現形式だ。日本ではプロデューサーの相馬千秋が2014年春まで手がけた「フェスティバル・トーキョー」や現在主宰する芸術公社が立ち上げた「シアターコモンズ」で積極的に導入され、以来ジャンルを超えた芸術表現の主軸となりつつある。時代の要請に応えて現れたこれらの表現の場は、藤井の創作活動にとってきわめて重要なプラットフォームとなった。

「シアターコモンズこそ、現代芸術の場そのものだと思っています。それはいまこの瞬間、ここで表現しなければならないことがあった時、それを芸術と名付けるか・名付けないかという問いを必要としないアーティストたちの芸術表現を拾い上げる場として存在するからです」(藤井)

レクチャーパフォーマンスをはじめ、「言説」と「リサーチ」の説得性を前面に押し出す表現が国際的アートシーンで主流化してきた背景には、地域差や文化圏を超え、政治や社会の問題を1つの俎上で共有し議論しようとする世界的な潮流がある。永きにわたる芸術史のなかでも、現代ほど芸術が政治化した時代はないのかもしれない。
藤井の制作姿勢は一貫して、グローバルスタンダードであるこの潮流に合致してきた。自身のように社会問題に対して実践的アプローチをとるアーティストの立場を語る上で、彼はスポーツの分野で世界の注目を集めた出来事を例に挙げる。

「テニスの大坂なおみ選手は、彼女にとって、また社会にとって、テニスよりも重要なこと(=人種差別問題への抗議)を主張するために大事な試合のボイコットを表明しました。(注:その後Black Lives Matter運動に連動し、犠牲者の名を入れたマスクを付けて出場を果たした)
もし同様の問題が芸術家に起こったとすれば、アーティストもまた芸術を放棄するほか表現の方法はありません。僕たちが活動する現代の社会的ネットワークは、さまざまな力がダイナミックに拮抗し、交差し、衝突する場所です。意思と対話で自律的に調整できることばかりではなく、他律的に変容せざるをえない場面に遭遇することもある。事前にそういった強制的な状況を幾重にも想定することは、僕にとって通常の制作スタイルです。状況に対して応用的に変容しながらも、自分の方向性は1ミリもぶれさせずに抗う必要があるからです。時には大きな力が働いて、芸術活動を捨ててまでも抗うか・抗わないかという選択を迫られる局面にさらされるかもしれない。自分は芸術活動を停止させても抗う方を選ぶタイプだとは思います」(藤井)

さらに藤井は、社会的ネットワークとは「多様な感性が行き交う場所」だと考える。例えばいまウィズコロナの時代に噴出しているさまざまな差別や分断の問題についても、「政治や社会規範が日常につくり出す世界とは異なる、感性的な時間・空間をつくり出せる技術を持っているのが芸術」であると語る。

1つの哲学ともいえる芸術家のこうした矜持は、今回審査会で評価された、藤井の映像作品の美的なクオリティにも深く関わるはずだ。アーティストたちにとって困難な時期ではあるが、新作の制作が少しでも順調に進むこと、また一方で、この危機的な社会状況に呼応する新たな方法論に出合い、混迷する時代に瑞々しいヴィジョンを想起させる作品世界を提示してくれることを期待したい。

インタビュー・テキスト:住吉 智恵

風間サチコ

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